2022年5月20日 ケルン国際見本市を目指して 7
これは昔の日記からケルン国際見本市を目指した時の物です。
前回ケルン見本市を視察して暫くしたらケルン国際見本市事務所から見本市出展許可が
正式に下りました。
テレビの密着取材の依頼もありましたがその頃は気持ち的に余裕もなくオリンピック見たいに
メダルが取れないと気持ち的にみじめにそして商談が上手く成立しない映像が流れたら
それも悲しく噂はぱっと広がるから それは丁寧にお断りをしました。
ケルン国際家具見本市事務所から出展許可が出ました。
1993年1月のケルン国際家具見本市に向け準備をした。
見本市のブ-スのレイアウトを現地の業者には依頼FAXでのやり取りが続きました。
通訳も探して準備は段々と進められた。
宿泊先は前回ホームステ-した家にお願いして 出展用の家具や装飾品は
20フィ-トコンテナに積み込み清水港からドイツへと私達が出発する1か月前に出港した。
1993年1月社長と私は成田から出発しフランクフルトへ飛行場で到着
右往左往しながら そこから列車に乗りライン川沿いをケルンへと向かいました。
前回はフランスから夜行寝台でケルンへの列車の旅でした。
今度は少し様子が解るので前回のように旅の不安は少しで済みましたが見本市への期待と不安はいっぱいでした。
宿泊先は前回ホ-ムスティした家にお願いしてあるからそれも安心していられました。
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